元よしもと芸人がカフェを開業するまでの波乱に満ちたストーリー「売れない芸人がカフェ屋さんになるまで」連載第13回「そしてまたクビになった」

「そしてまたクビになった」

「仕事をクビになる」

普通に出勤して言われたことをやり、職場の人間として働いて職場に貢献していたらそうはならないが、僕はお笑いを辞めてから2度も職場をクビになっている。ちなみに1度目のクビについてはコチラをお読みください。

知り合い数人でのカフェ運営が終了して、ラーメン屋さんでアルバイトとして働いてたら特級炒飯師なる称号も頂いて、楽しく働いていたけど将来を見据えてカフェで働きながらカフェ運営を勉強するためにラーメン屋さんを辞める決意をし、タイトルにもあるようにラーメン屋を辞めてまで働いたカフェを1年もたずにクビになり2度目のクビを経歴に刻むことになる。

普通よっぽどのことがない限り会社都合のクビなんてないけれど、このカフェに関しては会社都合でクビになった。

どうして首になったのか
今回は思い出せる範囲で書いてみようと思う。

このカフェはそもそもは知り合い数人と運営していたカフェのオーナーから後に働くことになるカフェのオーナーを紹介してもらったとこからスタートする。

このカフェは当時オープンして半年ぐらいのお店で、将来的に自分でカフェをやりたいと考えていたのもあって将来の参考になるかも!と思って働きたい思いを伝えて働いていた。

雇い主としては自分が飲食の経験もあるしメニューに関してはマニュアルもあったので普通に働いていたら何の問題もなかったと思うけど、「言われたことを忠実にこなす」のが苦手すぎたのとマニュアル通りに作ったメニューに対して「マジかよ。。これを提供すんのか。。」と思った結果、求められてないことまで発言したりして人材としては扱いづらかったように思う。

ある時カフェがある最寄り駅から5分ぐらいのところに都内で話題のコーヒー屋さんの焙煎所兼カフェがオープンしてオーナーと2人で行ってきた。

その帰り道に「さっき飲んだコーヒーは〜…」とかコーヒーの話をして、「オープンして半年だし将来的にこんな感じになったらいいよね〜」的なことを話したら突然、

「あの!!私は遠藤さんはコーヒー好きなだけの人としか思ってないですから!!」

……え?…え??今何か気に障ること言った??

もし癪に障ることを言ったとしたら謝るけど何がそこまでNGだったのかが分からん。。

てか何でそこまで言われなきゃならんのだ。。

そしてまたクビになった・・・
今でも忘れないぐらい脳裏にこびりついてるこの出来事があってから「この人にはそういう話はNGなんだろうな」と思って話さなくなったけど、

今になって思うのはその日のうちに謝りにいくか何かしらのコミュニケーションは取るべきだったな、と思う。

この経験から「相手を怒らせた場合はどんな状況であれ自分が悪いと思え」と考えるようになった。もちろん理不尽なこともあるけれど、コミュニケーションを取った結果、余計怒らせるパターンも覚悟した上で相手の懐に飛び込んだほうが関係性は良くなる可能性がまだある。

もちろん余計怒らせるパターンを考えたうえでコミュニケーション取るなんてめちゃくちゃ怖いけど今後のことを考えたら絶対にやったほうが良い。
当時はそのコミュニケーションを取らなかったばっかりに分かり合えない部分が多くなり、お互いにイライラする部分が増えていって、 「明日からもう来なくていいです!」とクビ宣告される頃には辞めれてホッとした部分と明日からどこで働こう?と悩んでる自分がいた。

この時考えていたのはしばらく飲食店で働くのを辞めようと考えていた。他人の店で時間を使うぐらいなら間借りで自分のお店をやったほうがいい、と考えていたけど世はコロナ元年。動き出すにしてもコロナに関して分からないことが多すぎてすぐには動き出せず。

そして僕はカフェを辞めてコーヒー豆のネット販売を始めてみたり、稼げるからという理由で郵便局で夜勤を始めたりするんですがその話はまた次回にでも。

今回はここまで!コラムの感想はSNSDMやカフェに来た際に直接伝えて頂けるとめちゃくちゃ喜びます!

現在は三鷹駅前にある「ヨッシーズ フィッシュ&チップス」を間借りしてほぼ’sカフェというヘンテコな名前で喫茶店をやってます。

次回は「コーヒー屋さんとして再スタート!」というテーマでお届けします。次回もどうぞよしなに。
ほぼ's カフェ
青森県十和田市出身。8年間お笑い芸人として活動したのち、営業マンを半年でクビになり、喫茶店のマスターに憧れてコーヒーの勉強を始める。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。
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