
「間借り営業と郵便局時代のはなし」
コロナ元年の当時。まだまだコロナが猛威を振るっていて街を歩けば皆がマスクをし、どこへ行ってもアルコール消毒をさせられ、テレビを点ければ出演者は接触しないように衝立を立ててオープニングトークをし、街ブラをする際はフェイスガードをしながら街を散策するという世紀の異常事態の中、細々とコーヒー活動を再開していた。
共にYouTube撮影やら打ち合わせをしていた小僧たちから間借りカフェをやってみたらどうか?と打診される。自分の記憶ではYouTubeではなかなか自分の良さが伝わりづらいのでは…?という流れから間借りカフェの開催に繋がったと記憶している。
間借りカフェを開催したのは東京メトロ千代田線の湯島駅の目の前にあったレンタルスペース。何で湯島に決まったのかはもう覚えてないけど、JRの駅だとレンタル料が高いので安く借りれるところを探した結果だったような気がする。
写真がなくて唯一残ってたメモ。
メニューは知り合い数人でカフェ運営していた頃に作っていたカレーとコーヒー。どら焼きは当時ローソンのどらもっちにハマっていてどら焼きはコーヒーと合うし作ることにした気がする。当時は流れに身を任せて「とにかく出来ることは何でもやる!」と決めていたので細かい部分の記憶がうろ覚えになってるなあ。。
しっかり覚えてるのは集客面は小僧たちが頑張ってくれたこと。小僧たちはいわゆる鉄オタで小僧たちの1人はSNSでちょいとした人気者だったので小僧たちのオフ会みたいな雰囲気ではあったけど、自分としてはとにかくコーヒーを淹れて喜んでくれる人がいればそれで充分だった。
というより当時は集客について考えてなかったけど小僧たちに助けられて初めての間借り営業は場代や食材費を引いても少し余ったぐらい。手伝ってくれた小僧たちにはまかないを出すぐらいしか出来なかった気がする。
このあたりから次からは1人で出来るようにならないとな〜、なんてスイッチが入った。誰かに働いてもらうことの責任感を肌で感じたというか。未だにワンオペでやってるのはそのへんもあるかもしれない。
そんなコーヒー活動の一方で郵便局で夜勤のアルバイトをしていた。これが本当にキツかった。仕事内容云々ではなく働いてる人間が面白くない人ばかりだった。
「面白くない」だなんて何を偉そうに!と思った人には申し訳ないけど、いくら仕事が好きで面白くても環境が良くないと長続きはしない。年齢で言うと当時自分と同い年か40代ぐらいの人が多かったけど、以下は作業しながら繰り広げられる主な会話である。
「俺さー、こないだ吉野家の新メニュー食べたんだよー、大したことねえなー」
「知ってます?1番売れてるアイスって…実は!モナ王なんです〜(ドヤ顔)」
「ええ?お前初詣なんか行くのかよー、新年からだりぃじゃん!俺は毎年寝正月よ!」
もう書いていてため息しか出ないのでこのへんで止めておく。吉野家やモナ王は何も悪くない。プライベートならいざ知らず仕事中に話す話題として何と面白みのない会話だろう。こういうものなのかしら?
もちろん声を出して笑えるすべらない話のようなエピソードトークとかではなく、こちらが興味持って聞きたくなるような話をする人が誰1人としていなかった。
そもそも自分が相手に興味持ってないのもあるけれど、面白い生き方をしてる人というのは発言にそれが滲んでいて大体はちょっと話せばピンと来たりするものだ。
それをあいつらときたら吉野家かすき家か松屋の新メニューを求めてもないのに「大したことねえ」とこき下ろしたり、モナ王のくだりなんて累計12回は聞いている。この手の話は美味しいかどうかより何で好きなのかとか、理解されない持論みたいな掘り下げた話にキャラクターが出るから面白いのに。
極め付けは働き出した頃に郵便局の隣にミニストップがオープンして帰りがけに「ちょっと寄って行きません?」と声かけられた時のこと。
店内入って商品をざっと見て店内を1周して「何買うんすか?」とか話したりして。
一緒に行った先輩は「そうだね〜、何買おうかね〜」って話してもう1周して。3周目に入る時には店に入ってから30分が経っていた。
相手は先輩だし働きだしたところだし波風立てずに…と思ったけど我慢出来なくて「すいません!自分急ぐので先出ますね!」とコンビニを後にした。
コンビニに30分も滞在して買う物決まらないって考えられん。。夜勤明けだし早く帰りたいし。大体コンビニなんて置いてる商品ほぼ一緒だろ!何を迷うことがあるのだ。。
帰り自転車に乗りながら「いや俺は悪くない、異常なのは相手だ」と唱えながらチャリを漕いで部屋まで帰った。今でもこの件に関して自分が正しいという揺るぎない自信でもって今日も生きている。
そう考えると割と早い段階で職場の人間関係を見限ったということになる。郵便局は2年ほど働いたのでそんな環境でよく働いてたなあ。。
そんな訳で郵便局で働いてる間は口数少なめで真面目に黙々と働き、週に1回はコワーキングスペースでコーヒーを淹れて、という生活をしてましたが、ついに三鷹で間借りカフェをやる日が突然訪れるのですがその話はまた次回にでも。
コラムの感想はDMかSNSからDMで送って頂くかお店に来た際に直接伝えて頂けると喜びます!
現在、東京の三鷹駅前にあるBARをお借りしてほぼ’sカフェというヘンテコな名前で喫茶店をやってますのでこちらもよろしくお願い致します!
次回は「ついに三鷹でカフェ営業!」というテーマでお届けします。どうぞよしなに。
共にYouTube撮影やら打ち合わせをしていた小僧たちから間借りカフェをやってみたらどうか?と打診される。自分の記憶ではYouTubeではなかなか自分の良さが伝わりづらいのでは…?という流れから間借りカフェの開催に繋がったと記憶している。
間借りカフェを開催したのは東京メトロ千代田線の湯島駅の目の前にあったレンタルスペース。何で湯島に決まったのかはもう覚えてないけど、JRの駅だとレンタル料が高いので安く借りれるところを探した結果だったような気がする。
しっかり覚えてるのは集客面は小僧たちが頑張ってくれたこと。小僧たちはいわゆる鉄オタで小僧たちの1人はSNSでちょいとした人気者だったので小僧たちのオフ会みたいな雰囲気ではあったけど、自分としてはとにかくコーヒーを淹れて喜んでくれる人がいればそれで充分だった。
というより当時は集客について考えてなかったけど小僧たちに助けられて初めての間借り営業は場代や食材費を引いても少し余ったぐらい。手伝ってくれた小僧たちにはまかないを出すぐらいしか出来なかった気がする。
このあたりから次からは1人で出来るようにならないとな〜、なんてスイッチが入った。誰かに働いてもらうことの責任感を肌で感じたというか。未だにワンオペでやってるのはそのへんもあるかもしれない。
そんなコーヒー活動の一方で郵便局で夜勤のアルバイトをしていた。これが本当にキツかった。仕事内容云々ではなく働いてる人間が面白くない人ばかりだった。
「面白くない」だなんて何を偉そうに!と思った人には申し訳ないけど、いくら仕事が好きで面白くても環境が良くないと長続きはしない。年齢で言うと当時自分と同い年か40代ぐらいの人が多かったけど、以下は作業しながら繰り広げられる主な会話である。
「俺さー、こないだ吉野家の新メニュー食べたんだよー、大したことねえなー」
「知ってます?1番売れてるアイスって…実は!モナ王なんです〜(ドヤ顔)」
「ええ?お前初詣なんか行くのかよー、新年からだりぃじゃん!俺は毎年寝正月よ!」
もう書いていてため息しか出ないのでこのへんで止めておく。吉野家やモナ王は何も悪くない。プライベートならいざ知らず仕事中に話す話題として何と面白みのない会話だろう。こういうものなのかしら?
もちろん声を出して笑えるすべらない話のようなエピソードトークとかではなく、こちらが興味持って聞きたくなるような話をする人が誰1人としていなかった。
そもそも自分が相手に興味持ってないのもあるけれど、面白い生き方をしてる人というのは発言にそれが滲んでいて大体はちょっと話せばピンと来たりするものだ。
それをあいつらときたら吉野家かすき家か松屋の新メニューを求めてもないのに「大したことねえ」とこき下ろしたり、モナ王のくだりなんて累計12回は聞いている。この手の話は美味しいかどうかより何で好きなのかとか、理解されない持論みたいな掘り下げた話にキャラクターが出るから面白いのに。
店内入って商品をざっと見て店内を1周して「何買うんすか?」とか話したりして。
一緒に行った先輩は「そうだね〜、何買おうかね〜」って話してもう1周して。3周目に入る時には店に入ってから30分が経っていた。
相手は先輩だし働きだしたところだし波風立てずに…と思ったけど我慢出来なくて「すいません!自分急ぐので先出ますね!」とコンビニを後にした。
コンビニに30分も滞在して買う物決まらないって考えられん。。夜勤明けだし早く帰りたいし。大体コンビニなんて置いてる商品ほぼ一緒だろ!何を迷うことがあるのだ。。
帰り自転車に乗りながら「いや俺は悪くない、異常なのは相手だ」と唱えながらチャリを漕いで部屋まで帰った。今でもこの件に関して自分が正しいという揺るぎない自信でもって今日も生きている。
そう考えると割と早い段階で職場の人間関係を見限ったということになる。郵便局は2年ほど働いたのでそんな環境でよく働いてたなあ。。
そんな訳で郵便局で働いてる間は口数少なめで真面目に黙々と働き、週に1回はコワーキングスペースでコーヒーを淹れて、という生活をしてましたが、ついに三鷹で間借りカフェをやる日が突然訪れるのですがその話はまた次回にでも。
コラムの感想はDMかSNSからDMで送って頂くかお店に来た際に直接伝えて頂けると喜びます!
現在、東京の三鷹駅前にあるBARをお借りしてほぼ’sカフェというヘンテコな名前で喫茶店をやってますのでこちらもよろしくお願い致します!
次回は「ついに三鷹でカフェ営業!」というテーマでお届けします。どうぞよしなに。
ほぼ's カフェ
青森県十和田市出身。8年間お笑い芸人として活動したのち、営業マンを半年でクビになり、喫茶店のマスターに憧れてコーヒーの勉強を始める。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。



