元よしもと芸人がカフェを開業するまでの波乱に満ちたストーリー「売れない芸人がカフェ屋さんになるまで」連載第25回「青空カフェで再スタート!」

「青空カフェで再スタート!」

年が明けて2023年。

1月から以前カレーを販売していた跨線橋のふもとの空き地でオーナーが買ったキッチンカーを借りてカフェ営業をやらせて頂くことになる。

サウナ業務が嫌いになって離れた訳ではなく施設内にある飲食店は撤退することになったのと、それに伴って自分はキッチンカーでのカフェ営業に専念することになった。ちなみにサウナ施設のほうは店長だったのがアルバイトに格下げになり年が明けた後も働きに行っていた。店長じゃなくなったことで地獄のSNS公開処刑スパーリングから解放されることになった。

というよりもう店長じゃないしSNSを頑張る理由もない。自分なりにいろんなパターンで更新したけど誰かが認めてくれる訳でもない。だから年明けから更新するのをしれっと辞めた。もういい。たった3ヶ月だけど毎日頑張ったしたった1人でやり続けてパターンは作ったんだから後は誰かが引き継げばいい。どう思われてもいい。やっぱり自分にはカフェしかない!という決意からのちょいとした反抗だった。

三鷹の電車庫通りのキッチンカーでカフェ営業
さてまたここからカフェ屋としてやっていけるのは良いとしてキッチンカーでのカフェ営業という挑戦が始まった。少し前にテレビドラマで「珈琲いかがでしょう」というドラマが放送されていたけれどまさか自分がキッチンカーでコーヒーを販売する日が来るとは。

そんな訳で最初は以前販売したことのあるクリームチーズトーストとプリンとコーヒーをメニューにして販売を始める。クリームチーズトーストは原価も高いし管理も難しいので途中からナポリタンに切り替えた。この時にナポリタンのレシピを見直して現在の味になっていく。

三鷹の跨線橋がある電車庫通りは1つ隣の武蔵境駅に向かう人や朝の出勤時に三鷹駅に向かう人が使う道路で、朝の出勤のピークが終わってしまえばその後は人も少ないのんびりとした通りになる。だから営業始めた頃は売り上げも少なかったけど、Facebookにある三鷹市の方が投稿をするグループに営業情報を発信したり今も続けているInstagramのリール動画投稿を暇な時間に投稿したあたりから少しずつ認知されていくようになっていく。

当時ありがたかったのは営業している空き地の向かいに電車の中の清掃や中吊り広告の入れ替え作業などをしている皆さまがコーヒーとかプリンを買いに来てくださっていた。プリンも一度に3つ買ってくれたりキッチンカー前に設置したベンチでコーヒーを飲んでくれたりとようやくカフェっぽくなっていったのがとにかくありがたかった。

クレープ屋のMnicoキッチンさんとコラボ
さらに追い風になったのが一緒にコラボ営業してくださったクレープ屋のMnicoキッチンさんの存在がとにかくありがたかった。

キッチンカーが2台止まっていてお互いにお客さんを奪い合ってしまっては一緒に営業する意味がないので、初めてコラボさせて頂いた日にお声がけしてクレープを買ったらコーヒー、コーヒーを買ったらクレープを割引きで販売するのはどうか?と提案させて頂いた。

おかげさまでMnicoキッチンさんがいらっしゃる日は常連さんが出来るほどに盛りあがるようになってそれに伴ってほぼ’sのコーヒーもたくさんの方に飲んで頂けた。

そしてキッチンカー営業をするほとんどの人が体験する地獄の真夏の営業が始まるのですがその話はまた次回にでも。


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現在、東京の三鷹駅前にあるBARをお借りしてほぼ’sカフェというヘンテコな名前で喫茶店をやってますのでこちらもよろしくお願い致します!

次回は「地獄の真夏の営業とキッチンカーの終焉」というテーマでお届けします。次回もどうぞよしなに。
ほぼ's カフェ
青森県十和田市出身。8年間お笑い芸人として活動したのち、営業マンを半年でクビになり、喫茶店のマスターに憧れてコーヒーの勉強を始める。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。
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