
「夏の終わりと焚き火カフェ」
さて。前回お知らせさせて頂いたようにこのコラムもゴールが見えてきた。
正直なところ、芸人時代やコーヒー屋さんとして歩み出してからブログをやったり芸能人が書いたコラム本を読むのが好きなので書くのは好きだけど、他の人が書いた文章のほうが魅力的に見えてしまって「自分は文才がないのだな」と思っていたけど、。
いざこういう形で連載をしてみたら「どうやったらあんな連載が出来るんですか?」なんて言われるから分からないものだ。。
社交辞令やお世辞だとしても他人の作ったものに対してウソで面白いというのは個人的にしんどいと思ってるので「本心なんだろうな」と勝手に思ってます。。
あと数回ではありますがこの駄文にどうぞお付き合いくださいませ。。
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真夏のクソ暑い中での青空カフェ営業にもだいぶ慣れてきていた。
営業時間を14時から19時までに遅らせたことで朝からカフェまでの時間はどこかでバイトをして、バイト終わりでキッチンカーへ行ってカフェ営業の準備をして夜まで営業していた。
当時お世話になっていたのが浜田山駅にあるセブンイレブンで、もともとは派遣で働きに行ったところ働きっぷりが良かったらしくオーナーから「派遣を通さずにぜひウチで働いて欲しい」と言って頂いてシフトも融通利かせて働かせてもらえたので本当に助かった。
この頃はこの夏の営業はどうやって集客しよう、というよりもとにかく生き延びるほうに考え方をシフトしていた。
やってる場所が悪いだとか季節に合った商品がないから売れないのでは?とかではなくこの環境でキッチンカーで青空カフェは無理ゲーではないか?と半分諦めたことで肩の力が抜けて営業出来ていたように思う。その実、カフェ営業以外はめちゃくちゃバイトしていたのだけれど。
この頃知り合いが来てくれることが増えていて三鷹市で「いどばた焚き火」というコミュニティを作って活動している阿部ちゃんとコラボして焚き火カフェを何回か開催した。
阿部ちゃんこと阿部華奈絵さん。
型にはまらない多動力の持ち主!
お盆の時期に開催した回は台風が接近していたこともあり、帰省をキャンセルした皆さまが来てくださって焚き火を「迎え火みたいだねー」なんて言ってくださって偶然ではあるけれど価値のある回になったり。
個人的には焚き火を囲んでみんなでワイワイ過ごしてこれまでの苦労が報われた気がした。しかしもうこのこの時すでにキッチンカーを使った青空カフェは終了することがすでに決まっていて「ゴールに向かって自分は何が出来るだろうか?」と焚き火の火を見つめながらぼんやりと考えていた。
今は無き跨線橋前で撮った貴重な1枚!
8月が終わる頃にとんでもない情報が飛び込んできた。カフェ営業をしている空き地の真向かいにある跨線橋の取り壊しが決定した、と各局でニュースになり9月に入ると連日跨線橋を訪れる人が一気に増えていった。
実は以前からお客さんからは「そのうち取り壊しするみたいよ」とは聞いていたものの。1月からやってきた青空カフェの終了とともにいつも目の前にあったあの跨線橋が。。
カフェ営業を始めた最初の頃は暇すぎて跨線橋の上からコーヒーを飲んだりしていて思い出の場所だった跨線橋がなくなってしまう。
なんなんだ、この偶然にしては悲しすぎる結末は。。
解体が決まった跨線橋を訪れた方がコーヒーを飲んでくださる。普段よりも来客が多いおかげでありがたいことに9月はそれなりに忙しく跨線橋がなくなることに浸ることもなく時間が過ぎていった。
ある日の営業日。いつものように営業の準備をしに来たら看板に正方形の付箋が貼ってあった。
【閉店寂しいです。。残りもう少しですが応援してます!!!】
カフェをやっていて初めてこんなメッセージを戴いた。自分のコーヒーやプリンやナポリタンが誰かの癒しになってたのだと再認識させられたし自信にも繋がった。たまんねえな!!これは最後まで期待に応えるべく走り抜けなければ!!
そして閉店間際の最中、現在カフェ営業をしているBARとの出会いを果たし、今に繋がっていくのですが続きはまた次回にでも。
コラムの感想はDMかSNSからDMで送って頂くかお店に来た際に直接伝えて頂けると喜びます!
現在、東京の三鷹駅前にあるBARをお借りしてほぼ’sカフェというヘンテコな名前で喫茶店をやってますのでこちらもよろしくお願い致します!
次回ついに最終回です!少し長くなってしまいそうですが。次回もどうぞよしなに。
正直なところ、芸人時代やコーヒー屋さんとして歩み出してからブログをやったり芸能人が書いたコラム本を読むのが好きなので書くのは好きだけど、他の人が書いた文章のほうが魅力的に見えてしまって「自分は文才がないのだな」と思っていたけど、。
いざこういう形で連載をしてみたら「どうやったらあんな連載が出来るんですか?」なんて言われるから分からないものだ。。
社交辞令やお世辞だとしても他人の作ったものに対してウソで面白いというのは個人的にしんどいと思ってるので「本心なんだろうな」と勝手に思ってます。。
あと数回ではありますがこの駄文にどうぞお付き合いくださいませ。。
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真夏のクソ暑い中での青空カフェ営業にもだいぶ慣れてきていた。
営業時間を14時から19時までに遅らせたことで朝からカフェまでの時間はどこかでバイトをして、バイト終わりでキッチンカーへ行ってカフェ営業の準備をして夜まで営業していた。
当時お世話になっていたのが浜田山駅にあるセブンイレブンで、もともとは派遣で働きに行ったところ働きっぷりが良かったらしくオーナーから「派遣を通さずにぜひウチで働いて欲しい」と言って頂いてシフトも融通利かせて働かせてもらえたので本当に助かった。
この頃はこの夏の営業はどうやって集客しよう、というよりもとにかく生き延びるほうに考え方をシフトしていた。
やってる場所が悪いだとか季節に合った商品がないから売れないのでは?とかではなくこの環境でキッチンカーで青空カフェは無理ゲーではないか?と半分諦めたことで肩の力が抜けて営業出来ていたように思う。その実、カフェ営業以外はめちゃくちゃバイトしていたのだけれど。
この頃知り合いが来てくれることが増えていて三鷹市で「いどばた焚き火」というコミュニティを作って活動している阿部ちゃんとコラボして焚き火カフェを何回か開催した。
型にはまらない多動力の持ち主!
個人的には焚き火を囲んでみんなでワイワイ過ごしてこれまでの苦労が報われた気がした。しかしもうこのこの時すでにキッチンカーを使った青空カフェは終了することがすでに決まっていて「ゴールに向かって自分は何が出来るだろうか?」と焚き火の火を見つめながらぼんやりと考えていた。
実は以前からお客さんからは「そのうち取り壊しするみたいよ」とは聞いていたものの。1月からやってきた青空カフェの終了とともにいつも目の前にあったあの跨線橋が。。
カフェ営業を始めた最初の頃は暇すぎて跨線橋の上からコーヒーを飲んだりしていて思い出の場所だった跨線橋がなくなってしまう。
なんなんだ、この偶然にしては悲しすぎる結末は。。
解体が決まった跨線橋を訪れた方がコーヒーを飲んでくださる。普段よりも来客が多いおかげでありがたいことに9月はそれなりに忙しく跨線橋がなくなることに浸ることもなく時間が過ぎていった。
ある日の営業日。いつものように営業の準備をしに来たら看板に正方形の付箋が貼ってあった。
カフェをやっていて初めてこんなメッセージを戴いた。自分のコーヒーやプリンやナポリタンが誰かの癒しになってたのだと再認識させられたし自信にも繋がった。たまんねえな!!これは最後まで期待に応えるべく走り抜けなければ!!
そして閉店間際の最中、現在カフェ営業をしているBARとの出会いを果たし、今に繋がっていくのですが続きはまた次回にでも。
コラムの感想はDMかSNSからDMで送って頂くかお店に来た際に直接伝えて頂けると喜びます!
現在、東京の三鷹駅前にあるBARをお借りしてほぼ’sカフェというヘンテコな名前で喫茶店をやってますのでこちらもよろしくお願い致します!
次回ついに最終回です!少し長くなってしまいそうですが。次回もどうぞよしなに。
ほぼ's カフェ
青森県十和田市出身。8年間お笑い芸人として活動したのち、営業マンを半年でクビになり、喫茶店のマスターに憧れてコーヒーの勉強を始める。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。



