
「コーヒーとの出会い」
ありがたいことに自分のお店に取材の依頼を頂き、自分の経歴を話すことがある。
話すとまず「え!お笑い芸人さんだったんですか!?」と言われ「どんな活動してたんですか?」とか「ほぼ石井という芸名の由来って?」などの質問に対するおもしろエピソードが始まるので初対面の人へのつかみに困ったことがない。お笑いをやってて良かったことの1つではあるのは間違いない。
お笑い芸人からのカフェ屋という我ながら稀有な経歴だなあ、とは思うけど実際は一般社会に馴染めなかっただけだから笑ってもらえないと報われない過去がある。
遠藤昭平(ほぼ石井)さん
僕は芸人を辞め親を安心させるために就いた営業の仕事を半年でクビになった。
「来月からですがクビ!来月からは更新しないのでよろしく〜。お疲れ!」
向かいに座る部長の顔は笑っていたが目は笑っていなかった。今でもクビの「ビ」を言った時の上司の口の形は忘れない。
先月から「数字上げられなかったらクビ」と宣告されていたものの、この宣告を告げられた時には「僕にはサラリーマンは無理だ…辞めよう…」というダンコたる決意が芽生えていた。なんとネガティブな決意だこと!
スラムダンクの安西先生もびっくりの逆桜木花道が誕生した瞬間である。
しかし毎朝スーツを着て満員電車に乗りやりたくもない事務作業でキーボードを叩き、先輩に監視されながらガムシャラにテレアポをして何件電話して何件アポ取れたのかを1時間置きに先輩に報告し、営業先では先輩に見られながら無理に笑って先方と楽しそうに喋りこちらの都合の良いような提案をしなくても良いのか」と思うと晴れやかな気持ちだった。
課長からは「契約社員ではなくアルバイトとしてなら雇ってあげる。ノルマも気にしなくて良いのでもしその気があるなら言ってきて」とは言われていたものの「そんな訳ねえだろ」と思いながら課長の提案を聞いていた。
秋に入社したのにこの春には僕は無職になる。
次に何をするなんて算段もなく辞めたので、次第にこんな想いが芽生えてきた。
「もう東京いてもしょうがないし実家帰ろっかなあ。」
今思うと病んでたんだろうなあと思う。
自分のこれまでを振り返ってみてもここまでノープランなこともこの時が初めてで、結果とりあえず1ヶ月だけ実家に帰り青森でやっていけるのかの検証が始まった。
帰ってきたはいいが当然やることはなく毎日がヒマすぎる。チャリで母校の小学校に行ってグラウンドを眺めてぼうっとして、謎に職員室を睨みつけてみたり、市内のスーパーをただただ徘徊してみたり。仕事辞めたけど妻には言えず日々をやり過ごすサラリーマンの気持ちがよく分かる。
ある時商店街をチャリで走ってると木で出来た看板に「Happy TREE」と書かれたカフェを見つけた。ドアを開けるとヒゲを生やしてニット帽を被った当時30代後半ぐらいのマスターがドリップしながら「いらっしゃい」とだけ言ってまたドリップに戻る。奥さんらしき女性にカウンターに案内されて僕はカウンターに座りメニューについて説明を受ける。説明を聞きながらチラリとマスターに目を向けるとドリップに全神経を集中している。
遠藤昭平さんがドリップするコーヒー
目の前にお客さんがいるのに一切喋らないし、目線もこちらへ向けない。元芸人としてはそれが衝撃で一杯のコーヒーへの向き合い方がとにかくカッコ良く見えた。
ポタ、ポタ、ポタ、と一滴ずつポットの口から注いでいる。カッコ良い…。。。
そうか!もしコーヒー屋さんが魅せる仕事なのだとしたら自分にも出来るかもしれない!
そんな勘違いからコーヒーと出会い、コーヒーにハマり、コーヒーを勉強するようになり、現在は東京の三鷹市でほぼ’sカフェというヘンテコな名前でカフェ屋をやっております。
次回はコーヒーの世界にどっぷりとハマっていった話をお届けします。お楽しみに。
話すとまず「え!お笑い芸人さんだったんですか!?」と言われ「どんな活動してたんですか?」とか「ほぼ石井という芸名の由来って?」などの質問に対するおもしろエピソードが始まるので初対面の人へのつかみに困ったことがない。お笑いをやってて良かったことの1つではあるのは間違いない。
お笑い芸人からのカフェ屋という我ながら稀有な経歴だなあ、とは思うけど実際は一般社会に馴染めなかっただけだから笑ってもらえないと報われない過去がある。
「来月からですがクビ!来月からは更新しないのでよろしく〜。お疲れ!」
向かいに座る部長の顔は笑っていたが目は笑っていなかった。今でもクビの「ビ」を言った時の上司の口の形は忘れない。
先月から「数字上げられなかったらクビ」と宣告されていたものの、この宣告を告げられた時には「僕にはサラリーマンは無理だ…辞めよう…」というダンコたる決意が芽生えていた。なんとネガティブな決意だこと!
スラムダンクの安西先生もびっくりの逆桜木花道が誕生した瞬間である。
しかし毎朝スーツを着て満員電車に乗りやりたくもない事務作業でキーボードを叩き、先輩に監視されながらガムシャラにテレアポをして何件電話して何件アポ取れたのかを1時間置きに先輩に報告し、営業先では先輩に見られながら無理に笑って先方と楽しそうに喋りこちらの都合の良いような提案をしなくても良いのか」と思うと晴れやかな気持ちだった。
課長からは「契約社員ではなくアルバイトとしてなら雇ってあげる。ノルマも気にしなくて良いのでもしその気があるなら言ってきて」とは言われていたものの「そんな訳ねえだろ」と思いながら課長の提案を聞いていた。
秋に入社したのにこの春には僕は無職になる。
次に何をするなんて算段もなく辞めたので、次第にこんな想いが芽生えてきた。
「もう東京いてもしょうがないし実家帰ろっかなあ。」
今思うと病んでたんだろうなあと思う。
自分のこれまでを振り返ってみてもここまでノープランなこともこの時が初めてで、結果とりあえず1ヶ月だけ実家に帰り青森でやっていけるのかの検証が始まった。
帰ってきたはいいが当然やることはなく毎日がヒマすぎる。チャリで母校の小学校に行ってグラウンドを眺めてぼうっとして、謎に職員室を睨みつけてみたり、市内のスーパーをただただ徘徊してみたり。仕事辞めたけど妻には言えず日々をやり過ごすサラリーマンの気持ちがよく分かる。
ある時商店街をチャリで走ってると木で出来た看板に「Happy TREE」と書かれたカフェを見つけた。ドアを開けるとヒゲを生やしてニット帽を被った当時30代後半ぐらいのマスターがドリップしながら「いらっしゃい」とだけ言ってまたドリップに戻る。奥さんらしき女性にカウンターに案内されて僕はカウンターに座りメニューについて説明を受ける。説明を聞きながらチラリとマスターに目を向けるとドリップに全神経を集中している。
ポタ、ポタ、ポタ、と一滴ずつポットの口から注いでいる。カッコ良い…。。。
そうか!もしコーヒー屋さんが魅せる仕事なのだとしたら自分にも出来るかもしれない!
そんな勘違いからコーヒーと出会い、コーヒーにハマり、コーヒーを勉強するようになり、現在は東京の三鷹市でほぼ’sカフェというヘンテコな名前でカフェ屋をやっております。
次回はコーヒーの世界にどっぷりとハマっていった話をお届けします。お楽しみに。
ほぼ's カフェ
青森県十和田市出身。8年間お笑い芸人として活動したのち、営業マンを半年でクビになり、喫茶店のマスターに憧れてコーヒーの勉強を始める。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。



