元よしもと芸人がカフェを開業するまでの波乱に満ちたストーリー「売れない芸人がカフェ屋さんになるまで」連載第14回「コーヒー屋さんとして再スタート!」

「コーヒー屋さんとして再スタート!」

なかなか思い通りにならないのが人生、とはよく聞いていたけどこんなにも思い通りにならないとは思ってなかった。

楽しかったラーメン屋のバイトを辞めてまでカフェ屋になることを諦めきれなくてカフェで働いたのに会社都合でクビになるとは。。

自分のダメさ加減に感情がぐちゃぐちゃになる。

当時、ほぼ’sカフェの名付け親でお馴染み「貸したお賽銭を無下に扱う罰当たりな知り合い」からコーヒーのYouTubeをやりませんか?と持ちかけられて動画を撮ってたりしてたので、そいつらには「わり!カフェクビになったわ!笑」とギャグっぽく報告した。

そうするしかなかった。だってそいつらは18、19歳の少年たちなんだもの。

そんな若い小僧と何でYouTubeを??あたりは書き出すと長くなるので割愛するけど、30過ぎたおっさんのクビ報告に真剣なトーンで話す勇気はなかった。もっと言えば仕事の知り合いがそいつらしかいなかった。

今考えると恐ろしい。。近所のゲーセンで小学生からゲームの神と崇められてほくそ笑んでる人にはなりたくないと思ってきたのに。どうなってんだ。生きるのマジで難すぎる。


そんな18、19の小僧たちと「これからどうしようか?」ファミレスで打ち合わせした結果、「遠藤さん、焙煎出来るんだしコーヒー豆のネット販売とかやったらどうですか?」と提案される。

やり方なんて全く分からないけど、とりあえずコーヒー屋として動くことが大事だし、幸いにも小僧たちはやったことないにしても「たぶん出来ます」と言うのでネット販売をスタートさせる。

当時は週1で集まって撮影やら打ち合わせしてました
当時は週1で集まって撮影やら打ち合わせしてました
コロナがあってコーヒー豆をネット販売する人は増えたと思うけど、都内に増えたラーメンや餃子の自販機よろしく声を使わずに魅力を伝えるのがどうにも苦手で苦戦した末に現在はネット販売は休止している。

今でも「ネット販売やらないんですか?」と聞かれるけど、小売業をやりたくてコーヒー屋になった訳じゃないし、それなら物件探してコーヒー豆屋として営業したいと思っている。

ひっそりとコーヒー屋として活動を再開した頃に知り合いがコワーキングスペースでコーヒーを提供していると聞いて行ったところ、話がとんとん拍子に進んで自分も週に1回コワーキングスペースに出張でコーヒーを淹れさせて頂くようになる。

スペースにはすでにコーヒーマシーンがあったけど、自分のドリップで淹れたコーヒーをお金を頂いて飲んで頂くという経験をこのスペースから再開出来たのは大きかった。
何より定期的に焙煎をしてコーヒーに関して試す場が出来たのは大きい。ここからまたコーヒーを中心にした生活が出来るようになっていく。


週に一度、コーヒーを淹れさせてもらうのが支えになってました
週に一度、コーヒーを淹れさせてもらうのが支えになってました
コーヒー活動は少しずつ増えていたけどまだまだ生活出来るほどではないので、この頃は郵便局で夜勤のアルバイトをしていた。週3日で月12日出勤して18万ほど。ちなみに郵便局のバイトも小僧たちと雑談する中で「自分の知り合いが郵便局で働いてますけど稼げるらしいっすよ」と聞いて求人探したら自転車で通える距離の郵便局で募集していたので運良く採用になった。

郵便局の話は次回にでも詳しくは書くけど有給は使えるし仕事も慣れてしまえばラクな仕事ではあったけど。人間関係も良くないし、魅力的な大人が1人もいなくてしんどかった。週に1回のコワーキングスペースでの出張コーヒーがあることで生きるメンタルを保てていた。

そうしてあれこれ試していくうちに小僧たちの提案で初めて場所を借りて間借りカフェをやることになるんですが、その話はまた次回にでも。


コラムの感想はDMSNSからDMで送って頂くかお店に来た際に直接伝えて頂けると喜びます!

現在、東京の三鷹駅前にあるBARをお借りしてほぼ’sカフェというヘンテコな名前で喫茶店をやってますのでこちらもよろしくお願い致します!

次回は「そして間借り営業へ!」というテーマでお届けします。次回もどうぞよしなに。
ほぼ's カフェ
青森県十和田市出身。8年間お笑い芸人として活動したのち、営業マンを半年でクビになり、喫茶店のマスターに憧れてコーヒーの勉強を始める。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。
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