元よしもと芸人がカフェを開業するまでの波乱に満ちたストーリー「売れない芸人がカフェ屋さんになるまで」連載第8回「ひょんなことからメニュー開発」

「ひょんなことからメニュー開発」

カフェ営業をしていると、
「コーヒー淹れながらフードメニューも出していて大変ですね」
なんて言われることがある。

最初はカフェ屋になるつもりなんてなく勢いのままにコーヒーを勉強していたので、誰に何を言われるでもなく気がついたらコーヒーもフードも1人で出すスタイルになっていた。

都電荒川線の西ヶ原四丁目駅のホームから徒歩5秒の距離にあった物件で知り合い数人でカフェ運営していた頃。

そもそもそこのカフェはオーナーが隣で美容室をやっていて、美容室の待ち時間に利用してもらうカフェとしてスタートしていたのを自分たちが運営していくことになった。

なのでメニューが最初からあったところに元パティシエのメンバーが作っためちゃくちゃ美味しいマジのケーキがあったり、まだ勉強始めたばかりの自分が焙煎したコーヒーがあって、自分のコーヒーはスペシャルティコーヒーとして販売しつつ、特にコーヒーにこだわらない人用に安く飲めるコーヒーもあったけど、ドリップは自分が師匠のお店で作り上げたドリップをメンバーみんなに共有してどちらの豆でも美味しく飲めるようにしていた。

ある時、ご来店されたお客さまからの一言により運命の歯車が動き出す。

「しっかり食べれるご飯が欲しいね」

そうなのだ。このカフェにはトーストやホットドッグという軽食はあってもメインとなるフードメニューがなく、自分がお客さんに言われる前にも課題にはなっていたらしい。

お客さんから目の前で言われたこともあり、

「じゃあオレランチメニュー何か作るわ」

なぜあの時に何か作るわ、と手を挙げたのかは分からない。
それが運命なのか何なのか。

あの時メニュー開発を引き受けた瞬間から現在に至るまでカフェ営業の空いてる時間にランチメニューの試作をして、コーヒーとフードを1人で提供するという流れがスタートする。

遠藤さんが最初に作った料理はキーマカレー
初めて作ったメニューはキーマカレーでした
カレーは星乃珈琲でのアルバイトの経験から作ってあれば誰でも提供出来るということで始めたけど、スパイスを使ったことないのになぜかスパイスカレーを選んでネットで調べながら作ったり。

後にメンバー全員で「新メニュー発表会」という企画をやった時には「まぜカルボナーラ」というメニューを爆誕させて絶賛されたあたりからメニュー開発の楽しさにのめり込んでいく。

絶賛された遠藤さんのまぜカルボナーラ!
当時のヒット作!まぜカルボナーラ!
思えばコーヒーで褒められる前にフードメニューを褒められたことが今に繋がってるのかもしれない。

ちなみに当時カフェ運営をしつつ知り合いのラーメン屋さんでバイトをしていて、そこの大将からのアドバイスによりまぜカルボナーラが産まれているのでめちゃくちゃ感謝している。

なのに当時調子に乗っていたもんでラーメン屋さんで出してたチャーハンをカフェで出したところ、

「てめえ!うちのレシピパクるんじゃねえ!!」

と本気で怒られてカフェのチャーハンは1日だけの幻のメニューとなった。

カフェでチャーハンをスープ付きで出すという暴挙や失敗はありつつものびのびとメニューの引き出しを増やしていた。

大将、その説はごめんなさい!

遠藤さんの作った幻のチャーハン
思い出の詰まった伝説の炒飯。盛りがキレイ!
フードが上手くいく一方でこの頃のコーヒーは美味しいコーヒーではあるけれど佇まいとか提供に説得力がなかったように思う。

どれだけコーヒーが美味しくても接客が無愛想だったり、豆を選ぶにしてもどう提案するのが良いのかとかが経験値不足だったけど、そういう細かいテクニックよりもまずは定期的に焙煎を試せてコーヒーを提供出来ることのほうが大事だったなあ。何より楽しかったし。

そして順調そうに見えたカフェ運営は突然終了を告げられるのですがそれは次回にでも。

本日はここまで!レシピをパクったり、メニュー開発を繰り返して成功と失敗を経て現在のスタイルにたどり着いて、現在は東京の三鷹市でほぼ’sカフェというヘンテコな名前でカフェ屋をやっております。

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次回は「突然のカフェ運営終了…!」というテーマでお届けします。次回もどうぞよしなに。
ほぼ's カフェ
青森県十和田市出身。8年間お笑い芸人として活動したのち、営業マンを半年でクビになり、喫茶店のマスターに憧れてコーヒーの勉強を始める。
現在は三鷹市で駅前のBARを間借りして営業中。
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